2010年12月23日

おしまさん   木場

おしま_1295.jpg
なにか重苦しい空気があった。
飲み屋にしてはなにかヘンな感じ。

はじめて入る店。
店は道路脇にあり、道路が高くもちあげられたせいだろうが、
異様に軒先が低く感じられる。
築四十年は経過しているだろうか?。
家は、まるでその地にジッと胡座をかいているようだった。

ひとりの40代男性客が『お勘定』と立ち上がった。
男は思いつめたように一言。
「最後におしまさんに会いたいんですけど? いいですか?」
  
この店の娘さんと恋仲で別れ話の決着がついて、
「最後に一目」男の未練か?「めめしいぞ」なんて思っていると、

おかみさんが「ありがとう。あなたもおしまのこと好きだったものねぇ」と
会釈し、となり部屋を指さした。

しばらくして男は目頭を押さえ出てきた。
それが合図のように「じゃ私も」と五〜六人いた客たちが、
入れ替わりとなりの部屋に。
何事なんだ。なにがあったんだ、この店は。
不審に思っているとっていると、みなさんの話から、
おしまさんとは店にいたの猫の事とわかった。

「私もよろしいですか?」
話を聞いたら、たまらずこの言葉がでた。

二階への階段脇にある小さなダンボール箱の中、タオルのうえに
おしまさんは横たわっていた。
薄暮のなか前足をあわせるようにして。

「そうか、おまえがおしまさんか?」

シロ地に黒グレイの身体を撫で、耳をかるくつまんだ。
おしまさんのつめたい毛なみと、かたまった身体の感じが、
ゆびさきから体中に伝わって行くのを感じた。

みんなしょんぼりと酒をくちに運んでいる。
『おしまはアイドルだったよな〜』 
気分を切り替えるように常連のひとりが明るく言った。
となり同士、おしまさんの思い出を語り合っている。

おしまさんは働き者だった、の声に、
だれかが「しかし、猫は洗濯物たたまないし…」
おかみさんは切れの良い下町言葉で「おしまが洗濯物たたんだら気色わるいよ!」
店の中からかるい笑いが起こった。

夕暮れの弱々しい西日が、ガラス窓を通し店の中にさしている。
古くてきれいとはいえない店内だが、映画のスローモーションのような静かでゆるやかな時間。
よわい光の粒がふりそそぐなか、女の客やむさい男たちも涙ぐんでいた。
みんなおしまさんのことが大好きだったのだ。  

おしまさんが死んだ。
光の粒のなかで。          

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posted by 川上哲也 at 12:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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