2011年02月22日

長江の巫女    大山

赤目_0083.jpg 

 

この頃中国人がやたらと目に付く。

私の住むこの町は、大繁華街池袋に近いせいか他の町よりも中国人の密度がかなり高いと実感する。

以前は外国人でもパキスタンとか朝鮮半島、コロンビアやインドあるいはネパールのなど、いろんな国の人たちがいた。

 

アジアの国の人たちはあふれているが、ヨーロッパやアメリカ人を目にすることは稀で、

現に私のお隣さんは中国人のAさんだし、このアパートには朝鮮半島や、未だ言葉は交さないが中南米らしき国の人も見かける。

しかしこの2〜3年で中国人の数がいっ気に多くなったように思うし、それに比例して他の国の人たちの姿がスッと消えた。

まるで他の外国人たちが中国人に追われたような気さえする。

もっと中国人の比率は多くなるのだろう。

 

この町にはしっかりした飲食店がない。

ほんとうに寂しいことだが、この町の住人は食べることに関心がうすい気がする。

飲食店の数はそれ相当にあるが、大半が牛角とか和民などのチエーン店だし、個人店でもラーメン屋か飲み屋でも始めるか?式の、今日閉まるか、明日閉まるかと言うような店が多い。

 

中国やインド人たちが飲食店を開きだした。

しかし外国人の開いている店も自分流で、しっかりと修行を積んだ料理人を置いている店はほとんどない。

おいしい料理にはなかなか巡り会えない。

本当に寂しい。

 

そんななかこの頃よく行く中華屋がある。

この店のどこが良いのか?、

奥さんが良い。

顔は十人並みで、スタイルは太り気味。

おまけに注文を忘れたりするのだが、奥さんの声がすばらしい。

まだ日本語はうまくないが声に力があり、それでいてやわらかい声の持ち主。

たっぷりと水をたたえた大きな河の河口近くのようにゆったりとした余韻の残る声が耳に心地よい。

 

その店もおいしくはないのだが餃子だけは、いや手作りのぶあつい餃子の皮だけはおいしい。

茹でたてでアツアツの餃子の皮に胡麻油と醤油をたらして熱いうちにいただく。

毎回、餃子にビール1本と老酒3杯を注文する私に奥さんは、

「アナタ餃子ダケネ、酒ダケダメ、料理イッパイアルヨ、タベル?」。

私の体を心配してくれるのか、売り上げのことが気になるのかわからぬが、

目を閉じて奥さんの声を聞いていると気持ちがなんとなく落ち着く。

 

料理はだめでも声があるさ。

おそるべし中国四千年。

 

 

私はその奥さんのことをひそかに長江の巫女とよんでいる。

ビールを飲み、餃子の皮を肴に巫女の調べを聞く。

 

私の幸せである。

 波間_0009.jpg

 

 

 

posted by 川上哲也 at 09:16| 東京 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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