2010年12月06日

泪橋あたりで

          
               泪橋あたりで


 「エンクオノカットッウダッ!」
 よく回らない舌で彼は言った。
聞き取れないので「ハアー」と聞き返すと、
「エンコだよ、エンコッ! エ・ン・コの、カトウだ。ワカンネーノカヨー」。
眼だけが、ゆるんだ顔から飛び出ている感じがする。
齢は五十代後半か? 
体がゆれ、いまにも隣の男たちにぶつかりそうだ。


 この店は不思議な場所にある。
潰れて何年もたったパチンコ屋の軒下にあり、八メートルほどの軒下を四軒の店鋪で区分けしてある。
一店鋪の広さは畳2枚ほどしかなく、両脇を緑色のビニールシートで仕切っている。
シートをたためば又ひとつの軒下になる。

小雨まじりの冷たい風がパタパタとビニールの壁をゆらす。
四軒のうち二軒が飲食?店、一軒は雑貨? 一軒?にはテレビだけが一台ぽつんと競馬中継を流し続け、
そこに六〜七人の男たちが小雨に濡れながら(人数が多いと軒下からはずれる)立って酒を飲んでいる。
たよりない裸電球の灯りがひとつ、六十センチほどの陳列ケースの上でゆれている。
ケースの中にはイカ、タコ、赤身が少し、申し訳程度の氷に載っている。
だが、ツマミを頼む人はいない。
ツマミを食べたり、酔っていくうれしさを楽しむよりも、速く酔いたい、速くグラグラしたい! 速く、速く、速くーっ!というような飲み方なのだ。
 

 エンコのカトウ氏が私に酒くさい顔を近づけ、
「エ・ン・コ、ワカルカ? エンコ!」
どうにも新参者が気になるらしい。 
「エンコって浅草のことでしたっけ? 昔 高倉 健が映画の中で言っていたと思います」と言うと、
「そうだよ。健さんだよ、わかってんじゃねえか!」
なぜか、そこでエンコ氏が胸をはったように見えた。

「なぜ浅草のことをエンコって言うんですかね?」と尋ねると、「そりゃ昔っからよ!」。 
「ところで、モクはないのか? モクは!」
エンコ氏もその由来を知らないらしくその事にはふれない。
タバコがないことを告げると、「ちぇっ! モクもねえのかよー」と言いながら、何枚も重ね着した上着の二番めの上着?(この付近では多くの人が防寒のため何枚もかさね着姿を見かける)吸いかけのタバコを出して火をつけた。

 
DSC_3887.jpg

                                   
 テレビでイラク派兵が国会を通過したことを告げている。

 「行きゃいいんだよ! タダで給料もらってんだから」
「いや、行くなら行くで、ごまかさないで。憲法を作ってチャンとやらなきゃ、隊員がかわいそう?」と私。          
「何が憲法だ! なにがかわいそうだ! この甘チャンが!  自衛隊は軍隊だろ、軍隊は戦争が仕事じゃねえか! 他になにすんだよ! 死にゃいいんだよ、死にゃ!」
してやったりの顔である 。
 
「行かねえんなら、おれ達が行くよ! おれ達、毎日命はってんだからヨー。明日からでも行ってやらアー。この頃仕事もねえしな、イラク行ってパアーッとしてえよ。パアーッとよ! なあケンちゃん」
と、エンコ氏はとなりの六十すぎの男に相づちを求めた。       
 ケンちゃんは、酔っぱらて転んだのか、顔中カサブタやスリ傷だらけで腫れあがった痛々しい顔にチカラを入れ、
「そうだよナー、オリャー、土方だけど大工仕事も出来るしナー、カトちゃんも水関係の手許やってたしネー。クラちゃんもイイじゃない。電気関係の手許やったし、運転もやるよ」。

「そういえば、この頃クラちゃん見ないネ。寝ぐら変えたのかナー」
ちょっと淋しげにエンコ氏。

この後もアイツがイイ。コイツはだめだ。
はては手配師をオレがやってイラク人を振り分ける、とエンコ氏らは盛り上がり、
カトちゃん、ケンちゃん、テッちゃんの泪橋の夜は更けてゆくのだった。  

 
 
 

 


   

 



 


 
   
posted by 川上哲也 at 02:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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