2010年12月23日

おしまさん   木場

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なにか重苦しい空気があった。
飲み屋にしてはなにかヘンな感じ。

はじめて入る店。
店は道路脇にあり、道路が高くもちあげられたせいだろうが、
異様に軒先が低く感じられる。
築四十年は経過しているだろうか?。
家は、まるでその地にジッと胡座をかいているようだった。

ひとりの40代男性客が『お勘定』と立ち上がった。
男は思いつめたように一言。
「最後におしまさんに会いたいんですけど? いいですか?」
  
この店の娘さんと恋仲で別れ話の決着がついて、
「最後に一目」男の未練か?「めめしいぞ」なんて思っていると、

おかみさんが「ありがとう。あなたもおしまのこと好きだったものねぇ」と
会釈し、となり部屋を指さした。

しばらくして男は目頭を押さえ出てきた。
それが合図のように「じゃ私も」と五〜六人いた客たちが、
入れ替わりとなりの部屋に。
何事なんだ。なにがあったんだ、この店は。
不審に思っているとっていると、みなさんの話から、
おしまさんとは店にいたの猫の事とわかった。

「私もよろしいですか?」
話を聞いたら、たまらずこの言葉がでた。

二階への階段脇にある小さなダンボール箱の中、タオルのうえに
おしまさんは横たわっていた。
薄暮のなか前足をあわせるようにして。

「そうか、おまえがおしまさんか?」

シロ地に黒グレイの身体を撫で、耳をかるくつまんだ。
おしまさんのつめたい毛なみと、かたまった身体の感じが、
ゆびさきから体中に伝わって行くのを感じた。

みんなしょんぼりと酒をくちに運んでいる。
『おしまはアイドルだったよな〜』 
気分を切り替えるように常連のひとりが明るく言った。
となり同士、おしまさんの思い出を語り合っている。

おしまさんは働き者だった、の声に、
だれかが「しかし、猫は洗濯物たたまないし…」
おかみさんは切れの良い下町言葉で「おしまが洗濯物たたんだら気色わるいよ!」
店の中からかるい笑いが起こった。

夕暮れの弱々しい西日が、ガラス窓を通し店の中にさしている。
古くてきれいとはいえない店内だが、映画のスローモーションのような静かでゆるやかな時間。
よわい光の粒がふりそそぐなか、女の客やむさい男たちも涙ぐんでいた。
みんなおしまさんのことが大好きだったのだ。  

おしまさんが死んだ。
光の粒のなかで。          

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posted by 川上哲也 at 12:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

山田屋  王子

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寒さが増し、魚や野菜などがおいしい季節だ。

牡蠣もうまみをたっぷり貯え、牡蠣フライをつまみに、
ビールをグイグイーと飲みたくなる時が無性にある。
牡蠣フライを注文してもフライ一品で腹が一杯、
しかたなくおしんこで終わりということがよくある。
ごはんのおかずでもあるまいに。

この店はつまみの量が少なめだ。
フライはおおぶりの牡蠣が二個。
二個じゃチョット少ないよ、と感じる人もいると思うが、
好きな人は再注文すればアツアツの揚げたての物が食べられる。
さめた揚げ物はマズイからな。

まぐろぶつ切りや、なぜか男性が好きなポテトサラダ、
温泉卵 にそばが入ったハンジュクなど品数は豊富。
六十円生卵から大半は 二百四十円、四百四十円銀ダラ煮つけまで。
店内は天井が高く、二十人は座れそうなおおきなテーブルから六人がけまで十本ほどある。
テーブルとテーブルとの間隔が広く、気持ちまでもユッタリとして、
ちいさい酒場が多い東京北部の店としては大きい店で天井の高さも相まって息苦しさがない。

家族で切り盛りしているらしく、働いている人の顔や雰囲気が似ている。
なかでも私が好きなのは、この広い店内をいそがしく焼酎などを注ぎまわっている小柄な老女がいる。
百四十センチくらいで頭に強めのパーマをかけ、パリパリと威勢のいい対応が気持ちよい。

先日も酔っぱらいすぎの三人組が入店して騒いでいると、
スッーと寄って行き「あんた酔っているね、もう帰りなさい」と注意。
酔っぱらいが大きらいなのだと思う。
私がこの店に行くときは、口開けに行ける日、
ときめているのでまだオババにしかられたことはない。

しかしハムかつを食べたくなって、
「ハムかつは何枚乗っかてますか?」の問いに「5枚です」。
「5枚は食べられないので2枚で出してくれませんか?食べ残したくないから」と聞いたら、
「そうはいかないのよ、残してもけっこうですよ。』とキッパリ。
なにがそうはいかないのかわからないが、ダメなものはダメなのだ。
ダメ!

身体は小さいが一歩も引かずキッパリ、この私の眼があるかぎりこの店では、、てな感じ。
こうゆう人の働く姿を見ながら飲む酒はうまい。
キッチリのオババがいる店なので春は「たらの芽のてんぷら」、夏には「なれそれ」、
牡蠣は10月からとか、季節感をキッチリ?(少数品目だが)だしてくれる。
うれしいことだ。

みなさんもキッチリとキッパリになれてね。

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posted by 川上哲也 at 20:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

ハード?な方々

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しあわせも不幸せも突然にやってくる。

いまは午後四時、奈良からはずれた町の居酒屋はまだ開店してないようだ。
しかたなくガード下にある横に長い立ち飲み屋に入る。

先客はひとり。
60代の女性が奥の折りたたみ椅子に座って飲んでいた。
かなり酒がすすんでいるようで目が赤くうるんでいる。

十年まえに旦那が膵臓がんで、告知三週間で私を残して死んだ。
それ以来さみしくて、さみしくてと酒と涙で赤くなった目を私に向ける。

動物でも飼ったら?
『アパートの大家がうるさくて猫だってダメて言うんだ』
小鳥もいけないの?
『あの大家じゃあだめにきまっている、ああさみしい…』

そのあとも、十年まえに旦那が膵臓がんで死んだ。三週間で私を残して死んだ。ああさみしい。
なにかといへば、『三週間で死んだ、ああさみしい』
同じ言葉のくりかえし。

『お兄さん話を聞いてくれてありがとう。
ねえ、このお兄さんやさしいひとだよ、わたしの話を聞いても怒らないもの。
怒るひといるんだよー。大声でうるさい!なんて』
客のいない店内で、誰にともなくひとり言のようにちょっと大きな声でつぶやいた。

しかしキツいなあ、このままじゃひどい酔い方しそうだ。
さみしがりの女性がトイレに行き、やっと一息ついた気がした。

六十代のふたり組が私のとなりに陣取った。
二人の話をなんとなしに聞いていた。
二人は幼なじみのようだ。恰幅のいい商店主風がやせた教員風に交通事故の手続きのことを真剣に聞いていた。

商店主風が私の大きめのカメラに気づいて、ふたり組と私は話をしはじめた。
カメラの話から平凡社の『太陽』の話題になり、『平凡社で出版している白川なんとか?文字の先生がいましたね?』なにげない私の一言に、白川氏のことを教員風が熱く語りだした。
『私も書をすこしやってます、毎年中国へ文字の勉強に行っています。文字はおもしろいですよ』
商店主風が『このひとは書ではたいへんな先生なんだよ』と私に耳打ちした。

書の先生たちと話がはずんでいると、さみしがりのおばさんが隣のビルのトイレ(女性用はきれいなビル)から帰って来て、話相手がいないのか
『私、二回自殺未遂したんだよ、死ねなかったのよねー、おかみさん』と大きな声で同意を求めた。
すると、書の先生が強い口調で『自分の命をもっと大切にしなきゃいかん』と一喝。
『だってさみしいんだもん、旦那が膵臓がんで私をおいて三週間で死んだんだ、ああさみしい』
書の先生は『私だっていま食道に癌が転移したが死にたいとは思わない。あんたもしっかり生きなさい、
さみしいのはあんたばっかりじゃない』とやさしく諭した。
『今日の酒はそれくらいにしてもう帰りなさい』
さみしがりさんは『そうだよねもう飲めないからね、先生また会ってね、きっとだよ、本当だよ』の言葉を残し、ヨロヨロと店を出ていった。

『この人は三回目をやるかも』。
そのよわよわしい後ろ姿を見送りながらながらそんな思いをもった。

そのあと、また六十代の人が入って来た。
店のおかみさんが『手術うまくいったんだってね〜』と声をかける。
のどを切開手術したというその人は『固形物はまだ口にできないが、酒ならよいと先生の許しが出たんだ』と声にならないかすれた声で、うれしそうに酒を注文した。
店の全員が『ほんとー』の声をあわせた。
手術後はじめて酒を口にするそうだ。

『私に最初の一杯をおごらせてください』と、なぜかうれしくなった私が強引に酒をつがせてもらった。

老人の首には横一文字に十五センチほどの絆創膏が貼ってあり、大きな手術だったことが伺える。
『いただきます』
老人は私に黙礼して、酒をゆっくりとくちびるにつけた。

大きな傷跡を触らせてもらうと、絆創膏の上からでも縫合の感触が指先に感じられ、エロチックな感覚だった。


『これ食べてみろ〜』
煮こごりとともに顔の筋肉が右にひっぱられた老人がミッキマウスのカーテンから飛び出してきた。
別の店だとばかり思っていた。となりの店との壁はカーテンをひいただけだった。
ひとつの店舗をカーテンで仕切り、二店舗に。
その老人はほかの客から先生と呼ばれているらしい。
病気の話で盛り上がる私たちの仲間入りがしたかったようだ。
にこごりは塩っぽいしょうゆだけの味で、あまり煮こごりが好きではない事もあり残ってしまった。
この店のつまみ全般まずかった。ひさしぶりに多くのつまみを残した。

二度の自殺未遂に癌の再発、脳の血管の病気、のどの切開手術。
客の数が七〜八人という少人数だったわりには、たいへんな病気を体験した人たちが集まる密度?の濃い店だ。
なのに、明るいひとが多かった。

ひとりをのぞいては。


軽く飲もうと入った立ち飲み店でたいへんな経験をした人たちに会った。

しあわせも不幸せも突然にやってくる。

ふ〜ん


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posted by 川上哲也 at 19:25| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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